集合による「自然数」の定義
公理的集合論では、「集合」の概念を基礎として数学を構築することを目指しており、「自然数」の概念すらも集合を使って定義しようと試みます。もう少し柔らかく言うと、集合を使って、自然数の「代替品」となるものを用意できないかと考えます。
たとえば、何も無いことを表す空集合 を「0」の代替品として定義します。
次に、1 以上の数をどう定義するかですが、自然数には、大きさ順に一列に並べられる(固く言うなら、整列順序関係を持っている)という性質があるので、
・「n より小さい数(の代替品となる集合)を集めた集合」を「n」の代替品とする
というアイデアが考えられます。具体的に言うならば、1 の代替品は次になります。
これは、「空集合を唯一の要素とする集合」であり、空集合そのものとは区別される点に注意してください。そして、2、3…の代替品は次になります。
最右辺を見ていると目がチラチラしてきますが、その1つ前の書き方を見ればアイデアは明確だと思います。ちなみに、この定義を用いれば、自然数の大小関係は、次のように定義することができます。
--- (1-1)
これで任意の自然数 n に対して「n の代替品となる集合」が定義できましたが、これ以降は、これらの集合を「n を表す集合」と短く言い換えることにします。
そして、上記の定義は、帰納的に考えることもできます。すなわち、
・n を表す集合に対して、n 自身を要素として付け加えたものが、n+1 を表す集合になる
という性質があるので、次のように定義する事も可能です。
--- (1-2)
「n を表す集合」の性質(推移性)
前述の (1-2) をよく吟味すると、
・n は n+1 の要素であり、かつ、n+1 の部分集合でもある
というちょっと奇妙な性質が生まれることに気が付きます。
実際、 の左側を見ると、n は n+1 の部分集合であることがわかります。一方、右側を見ると、n は n+1 の要素としても含まれています。つまり、
が同時に成り立つという、集合論ならではの奇妙な関係が成り立ちます。(型付けされたプログラミング言語では、とても表しようの無い世界ですね・・・)
特に部分集合の関係を帰納的に用いると、
となっており、自然数の大小関係が集合の包含関係に対応することがわかります。
元々のアイデアでは、自然数の大小関係は (1-1) で定義されていたので、次の公式が成り立ちます。
--- (2-1)
ちょっとした言葉遊びですが、 は「n は m の元である」と言えて、
は「n の元は m に属する」と言えるので、(2-1) の関係は、「m の元の元は、m に属する」と言うことができますので、(2-1) は、
--- (2-2)
と書き直すことができます。((2-1) と (2-2) が集合の性質として同値であることは、落ち着いて考えると、厳密に証明することができます。)
再び (1-1) を思い出すと、これは、
ということで、(1-1) で定義した大小関係は、自然数としての大小関係を正しく代替できていることになります。これは「順序数の推移性」と呼ばれるもので、順序数の根幹となる性質であることが追々わかってきます。
順序数の公理的定義
ここまで、自然数の代替物となる集合を作ってきましたが、公理的集合論ではこの代替物を「順序数」と呼びます。そして、本物の自然数の事はわすれて、集合で定義された代替物、すなわち、順序数そのものの性質を調べていくと、おどろくべきことに、順序数は、自然数だけではなくて、自然数をさらに超える「数(のようなもの)」を表現できることがわかります。
この点を正確に説明するために、一旦、自然数のことは忘れて、純粋に集合の言葉だけで順序数を定義しなおします。前述のように、推移性が順序数の根幹となる性質ですので、集合を要素とする集合 m が、
・推移性 (2-1)(もしくは (2-2))を満たす
・任意の部分集合は、((1-1) の意味の大小関係で)最小の要素を持つ
という条件を満たす時に、「m は順序数である」と言うことにします。2つ目の条件がちょっとわかりにくいですが、m の任意の 2 つの要素 a, b を取った時に部分集合 に最小要素があることから、必ず、
もしくは
のどちらかが成り立ちます。つまり、この2つの条件があれば、m のすべての要素は (1-1) の大小関係で一列に並べることができて、さらに、m はそれらすべてよりも大きい数、ということになり、「m は、m より小さい数を集めた集合」という当初のアイデアが綺麗に反映されていることになります。
さらに、
・順序数 m の任意の要素 n は、((1-1) の意味で)n より小さい要素を集めた m の部分集合に一致する
という関係を上の定義から示すことができます。
実際、n より小さい要素を集めた集合は、 と表せますが、推移性から
となることを考えると、これは集合 n に一致します。
そして、「n より小さい要素を集めた m の部分集合」は、それ自体が順序数の定義を満たすことも容易にわかります。つまり、前述の定義から、順序数 m は、「m よりも小さい順序数を集めた集合」と言えるのです。
さらに、公理的定義の立場では、(1-2) は、「n の次に大きい順序数」を作り出す手続きと見なすことができます。n 自身が「n よりも小さい順序数の集合」ですので、これに、n 自身を要素として加えたものは、「n 以下の順序数の集合」であり、確かに、「n の次に大きい順序数」となっています。
自然数を超える「数」の存在
公理的に定義した順序数は、当初に考えた「自然数の代替物」としての性質を満たしており、実際、
という集合はすべて順序数の定義を満たしており、この意味で、順序数は自然数を含む、ということが言えます。
ただし、重要なポイントは、「順序数に含まれる集合は自然数だけではない」という点にあります。順序数の定義から言える事は、「順序数の要素は、大小関係で一列に整列できる」という事だけであり、言い換えると、順序数は、「大小関係で一列に整列できる集合」一般を表現する「数(のようなもの)」になっているのです。
・・・どういうこと?
具体例を示しましょう。
たとえば、(1-2) によって帰納的に、すべての(順序数としての)自然数 が定義されますが、これらをすべて集めた集合を考えます。
(1-2) の手続きを繰り返す限りでは、(有限回の操作に止まる限り)永遠に にたどり着くことはできませんが、無限集合として概念的に定義することは可能です。そして、この
は順序数の定義を満たしており、任意の自然数 n よりも大きな順序数であることが容易に確認できます。つまり、順序数の世界では、
という、任意の自然数よりも大きい(直感的に言えば「加算無限大」とも言える)「数」が存在するのです。
さらに、(1-2) の手続きを利用すれば、 の後続の順序数を帰納的に作ることもできて、
という無限列が得られます。
や
が一体どんな「数」なのかと不思議に思うかも知れませんが、前述のように、順序数というのは「大小関係で一列に整列できる集合」を表現するものですので、これは、「集合の要素を一列に並べる方法」に対応すると考えると理解できます。
たとえば、可算無限個の石ころを一列にならべたものは、自然数全体を一列にならべたものと(並べ方として)同一視できますので、 は、このような「並べ方」を表現したものと言えます。
そしてさらに、可算無限個ならべたあとに、さらに、新しい石ころを1つ加えます。これが です。
「無限個の後ろってどこだ?」と思う方は、1列目に無限個並べておいて、次に、2列目に並べ始めると思えばよいでしょう。こんな感じ。
そして、2列目も無限に並べ切ったものは、 に対応すると想像できます。さらには、縦横の両方向に無限個ならべた様子を考えたくなりますが、これは、直感的には、
に対応するはずです。
このあたりは、あくまでも直感的な議論ですが、順序数に対する演算(足し算、掛け算、冪)を厳密に定義することができて、上記の議論を数学的に正当化することももちろん可能です。
なお、公理的に定義された順序数は「集合の要素を一列に並べる方法」に対応すると言いましたが、順序数そのものにも大小関係が定義されており、順序数全体も一列に並べることができる点も大切です。これにより、「順序数に関する数学的帰納法」を考えることができて、これは一般に「超限帰納法」と呼ばれる証明法になります。
整列順序について
順序数の定義をもう一度見直してみます。
・推移性 (2-1)(もしくは (2-2))を満たす
・任意の部分集合は、最小の要素を持つ
2つ目の条件から、順序数 m の任意の異なる2要素は比較可能(つまり、 もしくは
のどちらかが成り立つ)になり、m の要素を一列に並べることができると説明しました。それでは、なぜ、比較可能性を直接に要求しないのでしょうか? 実は、2つ目の条件は、一般に、「整列順序」と呼ばれる性質で、単に一列に並べられる「全順序」よりも強い性質になっています。つまり、整列順序は全順序になりますが、全順序は必ずしも整列順序にはなりません。
たとえば、整数全体を通常の大小関係で並べた場合、これは一列に並べることが可能な全順序になっていますが、部分集合 には最小要素がなく、これは整列順序にはなっていません。では、自然数のように、集合全体に最小要素があれば十分かというと、そうでもなくて、非負の実数全体は最小要素 0 を持ちますが、開区間を考えると、最小要素がなく、やはり整列順序にはなりません。感覚的言うと、「最小要素から出発して、離散的に一列に並べることができる」のが整列順序ということになります。
したがって、順序数全体というのは、可能な整列順序のすべてを代表した集まりになっており、順序数自体が整列順序になっていることから、
・整列順序の集まりは、(順序数としての大小関係によって)整列順序になる
という定理が成り立つことになります。
と言っておいて・・・順序数自体が整列順序になることは、自明でしょうか? これは、次のように証明することができます。先に触れた「n は n+1 の要素であり、かつ、n+1 の部分集合である」という順序集合のちょっと病的(?)な性質がうまく効いて来る面白いところなので、丁寧に示してみます。
まず、順序数全体の集まりを と表すとして、
を
の任意の要素を集めたものとします。この時、
に最小要素があることを示せばよいことになります。
の任意の1つの要素を
とすると、
は順序数の1つですので、任意の部分集合に対して、最小要素が存在します。特に、部分集合
を考えて、この最小要素を
とします。(
の場合は、
とします。)この時、
であることから、推移性により、
となります。
そして、この が
の最小要素であることが言えます。なぜなら、
の中に
より小さい要素
、すなわち、
を満たすものがあったとすると、
、すなわち、
であり、さらに、
は
にも含まれるので、
が言えて、
が
の最小要素であることに矛盾します。(
の場合は、そもそもこの事実に矛盾します。)
なるほどー。
超限帰納法について
・ を
の任意の要素を集めたものとして、
に最小要素が存在する
という事実を示しましたが、実は、この事実から超限帰納法を「証明」することができます。通常の数学的帰納法は、公理のようなもので、数学的帰納法が成り立つこと自体を証明することは(普通は)ありませんが、超限帰納法はそうではないのです。(順序数には自然数も含まれているので、同じ証明法を適用すれば、通常の数学的帰納法も「証明」できることになりますが。)
論理式を使って超限帰納法を表すと、 を
の任意の要素を集めたもの、順序数
に対する任意の命題を
として、
--- (3-1)
が成り立つならば、
--- (3-2)
が成り立つ、と言うことができます。これを証明します。
今、(3-1) が成り立つものとして、(3-2) が成り立たないと仮定します。すると、 を満たさない
が存在することになるので、そのような
を集めた集合
を考えると、これは、順序数の集合(
の任意の要素を集めたもの)なので、最小要素が存在します。これを
とすると、
なる任意の
は
を満たします。(さもなくば、
となり、
が
の最小要素であることに矛盾します。)すると、(3-1) により、
が成り立つことになり矛盾が生じます。したがって、(3-2) は必ず成り立つのです。
なるほどー。
超限帰納法は何が「超限」なのか?
通常の(自然数に対する)数学的帰納法では、(3-1) に相当する部分は、
--- (4-1)
すわなち、「 について成り立つ時、
の次の値(つまり
)についても成り立つ」という形で与えます。一方、値の範囲を順序数全体に拡張した超限帰納法では、このような形ではうまく行きません。なぜなら、
の値を 1 つずつ増やしていけば、任意の自然数
に到達できますが、さきほどの
には永遠に到達することができないからです。そのため、超限帰納法を利用して、(3-2) を証明する場合は、通常の数学的帰納法よりも強い関係となる (3-1)、すなわち、「
である任意の
について
が成り立つという前提で、
が成り立つ」ことを証明する必要があります。これは、場合によっては、数学的帰納法よりも証明の難易度があがります。たとえば、任意の自然数
について
が成り立つ、という前提から、
が成り立つことを証明する場合を想像するとよいでしょう。このように、順序数の列には、「次の値をたどっていく」だけでは永遠に到達できない「値のギャップ」が所々にあり、
のように、そのようなギャップの直後にある値を「極限数」と呼びます。