めもめも

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Lagrangeの『解析力学』についての現代的視点によるメモ

何の話かというと

古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ

古典力学の形成―ニュートンからラグランジュへ

上記の書籍において、1788年(初版)/1811年(第2版)に出版された、Lagrangeによるオリジナルの『解析力学』についての解説がなされています。その中で説明されている、力学の根本原理となる「動力学の基本方程式」、および、それと等価な「最小作用の原理」は、現代の教科書で言うところの「d'Alembertの原理」「最小作用の原理」に相当するものですが、記述方法やその意味内容は、現代のものとは異なっており、一見すると意味不明、もしくは、単純に誤っているようにも見えてしまいます。

ここでは、これらを現代的な視点で理解しなおすための議論を行います。

動力学の基本方程式

冒頭の書籍の第17章・§2では、初版の『解析力学』において、次のような記述がなされているとの解説があります。途中の導出は省略して、結論を述べると次のようになります。(簡単のために、外力は1つの場合で記述します。)

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直交座標系において、質量 m の物体に、大きさ mP の外力とその他の未知の束縛力が加わっており、この物体は加速度 \ddot x,\,\ddot y,\,\ddot z を持つものとする。この時、この物体に束縛条件を満たす方向への微小変位 \delta x,\,\delta y,\,\delta z を与えると次の関係が成り立つ。

m(\ddot x\delta x + \ddot y\delta y + \ddot z\delta z) + mP\delta p = 0 --- (1)

ここに、\delta p は、外力の中心と物体の距離 p に対する変位を表わす。
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さあ、これはいったい何を意味しているのでしょうか。

まず、「外力の中心」というのは、外力の方向を示すものになります。今、この「外力の中心」の座標を \mathbf c=(a,b,c)、物体の座標を \mathbf x = (x,y,z) とすると、ベクトル \mathbf p = \mathbf c-\mathbf x は外力の方向を向いているので、

\displaystyle p=\left|\mathbf p\right|=\sqrt{(x-a)^2+(y-b)^2+(z-c)^2} --- (2)

として、外力を表わすベクトルは、

\displaystyle \mathbf F = mP \frac{\mathbf p}{p} --- (3)

と決まります。一方、(2) を変分すると、直接計算により、

\displaystyle \delta p = \frac{1}{2p}\times 2\left\{(x-a)\delta x + (y-b)\delta y+(z-c)\delta z\right\} = -\frac{\mathbf p}{p}\cdot \delta\mathbf x

が得られます。従って、(3) を用いて、

\displaystyle mP\delta p = -mP\frac{\mathbf p}{p}\cdot\delta\mathbf x = -\mathbf F\cdot\delta\mathbf x

という関係が得られます。これを (1) に代入して、現代的な記法に直すと、結局、次の関係が得られます。

m\ddot{\mathbf x}\cdot\delta\mathbf x = \mathbf F\cdot\delta\mathbf x

となります。これは、変分方向(すなわち束縛条件を満たす方向)の運動方程式にほかならず、束縛系においては、束縛条件を満たす方向の外力成分によって物体の運動が決まるというよく知られた事実を示しています。

ちなみに、この関係は、束縛力を陽に用いるのであれば、次のように導くことも可能です。まず、束縛力を \mathbf N として(束縛条件を考慮しない)運動方程式を記述すると、

m\ddot{\mathbf x}=\mathbf F+\mathbf N

となります。これに、束縛条件を満たす方向の変位 \delta \mathbf x を掛けると、これは、束縛力に直行する方向になるので、\mathbf N\cdot\delta \mathbf x=0 であることから、

m\ddot{\mathbf x}\cdot\delta\mathbf x = \mathbf F\cdot\delta\mathbf x

が得られます。このような意味において、先ほどの (1) は束縛系における運動方程式と等価であることが理解できます。

最小作用の原理

冒頭の書籍では、第15章・§2において、1760年にLagrangeが発表した論文『動力学の諸問題の解のための先の論文において表明された方法の応用』に記載された最小作用の原理、また、第17章・§2では、先ほどのLagrange の『解析力学』に記載された最小作用の原理の導出が説明されています。これは、次のような原理です。(簡単のために質点が1つの場合で記述します。)

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\displaystyle\delta\left(m\int_A^Bu\,ds\right)=0 --- (4)
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これは、少しばかり記号の説明が必要です。u は質点の速さ、s は質点が移動した距離(道のりの長さ)で、質点の移動経路にそった積分を行います。ここで、\displaystyle u=\frac{ds}{dt} という関係を使うと上記の積分は、

\displaystyle\int_A^Bu\,ds=\int_{t_0}^{t_1}u^2\,dt=\int_{t_0}^{t_1}\dot{\mathbf x}^2\,dt

と書き直すことができます。従って、(4) は次と等価になります。

\displaystyle\delta\left(\int_{t_0}^{t_1}\frac{m}{2}\dot{\mathbf x}^2\,dt\right)=0 --- (4')

これは、運動エネルギーの積分が極値をとるものと解釈できますが、現代の解析力学とは明らかに矛盾する内容です。なぜなら、ラグランジュ方程式を通して分かるように、ラグランジアンを

\displaystyle L=\frac{m}{2}\dot{\mathbf x}^2-U(\mathbf x)

とおいて、作用積分を

\displaystyle S = \int_{t_0}^{t_1}L\,dt = \int_{t_0}^{t_1}\left\{\frac{m}{2}\dot{\mathbf x}^2-U(\mathbf x)\right\}\,dt

と定義した際に、これが極値をとる事、すなわち、

\displaystyle\delta S=0 --- (5)

が運動方程式と等価になるからです。本来必要なポテンシャル項 U(\mathbf x) が (4) には欠けているのです。

実は、この矛盾の原因は、(4) における変分の取り方にあります。現在の最小作用の原理 (5) では、任意の変分 \delta\mathbf x に対して極値をとることが条件となりますが、(4) の変分では、「エネルギー保存則を保つ変分」という特殊な条件が付けられているのです。この条件を理解するために、まず、現代的な最小作用の原理を簡単に導出しておきます。ポイントは次の恒等式です。

\displaystyle\frac{d}{dt}\left(\dot{\mathbf x}\cdot\delta\mathbf x\right) = \ddot{\mathbf x}\cdot\delta\mathbf x+\dot{\mathbf x}\cdot\delta\dot{\mathbf x} --- (6)

上式の両辺に m を掛けると、右辺の第1項は、運動方程式を用いて、

\displaystyle m\ddot{\mathbf x}\cdot\delta\mathbf x=\mathbf F\cdot\delta\mathbf x=-\frac{\partial U}{\partial \mathbf x}\cdot\delta{\mathbf x}=-\delta U(\mathbf x)

と変形できます。同じく、右辺の第2項は、

\displaystyle m\dot{\mathbf x}\cdot\delta\dot{\mathbf x} = \frac{m}{2}\delta\left(\dot{\mathbf x}^2\right)

と変形できます。これらを (6) に適用すると、

\displaystyle \frac{d}{dt}\left(m\dot{\mathbf x}\cdot\delta\mathbf x\right) = -\delta U(\mathbf x) + \delta\left(\frac{m}{2}\dot{\mathbf x}^2\right) --- (7)

が得られます。この両辺を時間 t で積分すると、\delta\mathbf x(t_0)=\delta\mathbf x(t_1)=0 という境界条件の元に、

\displaystyle\delta \int_{t_0}^{t_1}\left\{\frac{m}{2}\dot{\mathbf x}^2-U(\mathbf x)\right\}\,dt = 0

となり、現在の最小作用の原理が導かれます。

一方、Lagrangeが用いた、「エネルギー保存則を保つ変分」というのは、現代的な記号を用いると、

\displaystyle\frac{m}{2}\dot{\mathbf x}^2 + U(\mathbf x) = {\rm Const.}

の両辺を形式的に変分して得られる、

\displaystyle\delta \left(\frac{m}{2}\dot{\mathbf x}^2\right)+\delta U(\mathbf x)=0 --- (8)

という関係です。この条件(正確に言うと、(8) を満たす変分 \delta \mathbf x に限定するという制約条件)を先ほどの (7) に適用すると、ポテンシャルの変分 \delta U(\mathbf x) が消去できて、

\displaystyle \frac{d}{dt}\left(m\dot{\mathbf x}\cdot\delta\mathbf x\right) = 2 \delta\left(\frac{m}{2}\dot{\mathbf x}^2\right)

という関係が得られます。これを時間 t で積分することにより、冒頭の (4') が得られるというわけです。

しかしながら、ここで、(8) の物理的な意味を考えると、これはかなり特殊な制約条件のような気もします。(この点は、冒頭の書籍では特に指摘されていません。)「エネルギー保存則を保つ変分」ということは、変分を取る前の経路 \mathbf x(t) はエネルギー保存則を満たす経路であり、さらに変分を取った後の経路 \mathbf x(t)+\delta\mathbf x(t) もエネルギー保存則を満たす経路であるという条件になります。具体例で考えると、これは、どのような経路なのでしょうか。たとえば、ポテンシャルが U(\mathbf x)=0 の自由粒子を考えると、物理的に正しい経路は、\mathbf v_0 を定ベクトルとして、 \dot{\mathbf x}(t) = \mathbf v_0 を満たします。従って、(8) の左辺は、

\displaystyle\delta \left(\frac{m}{2}\dot{\mathbf x}^2\right)=m\dot{\mathbf x}\cdot\delta\dot{\mathbf x} = m\mathbf v_0\cdot\delta\dot{\mathbf x}

となり、(8) を満たす変分 \delta\dot{\mathbf x}(t) は定ベクトル \mathbf v_0 に直行する方向に限定されます。1次元系であれば、これより、\delta\dot{\mathbf x}(t)=0 となり、境界条件 \delta\mathbf x(t_0)=\delta\mathbf x(t_1)=0 を考慮すると、これを満たす変分は \delta\mathbf x(t) = 0 しか無くなります。2次元以上であれば、経路 \mathbf x(t)+\delta\mathbf x(t) は、速さ(速度ベクトルの大きさ)を変えずに曲線を描いて、始点と終点で \mathbf x(t) に一致する経路になります。(速度ベクトルの微小変化 \delta\dot{\mathbf x}(t) が速度ベクトルに直行するということは、速度ベクトルは(2次以上の変化を無視して)大きさを変えずに微小回転するということですよね。)微小変位に限定せずに考えると、結局のところ、運動エネルギーが保存されるという条件だけを課して(運動方程式は無視して)自由に移動して構わない、という意味になります。

それでは、一般のポテンシャル項を持つ場合はどうなるでしょうか? 先と同様に (8) を変形すると、

\displaystyle m\dot{\mathbf x}(t)\cdot\delta\dot{\mathbf x}(t)=-\frac{\partial U}{\partial \mathbf x}\left(\mathbf x(t)\right)\cdot\delta\mathbf x(t)

という関係が得られます。これを関数 \delta\mathbf x(t) についての t に関する微分方程式と見なして、境界条件 \delta\mathbf x(t_0)=\delta\mathbf x(t_1)=0 の下に解いたものが、許容される変分 \delta\mathbf x(t) という事になります。(この際、既知の正しい経路 \mathbf x(t) とその経路に沿った外力 \displaystyle -\frac{\partial U}{\partial \mathbf x}\left(\mathbf x(t)\right) は事前に与えられた固定関数とみなします。)これを一般的に解くのはつらそうですが、「エネルギー保存則を保つ」という意味を考えると、始点と終点で \mathbf x(t) に一致する任意の経路を考えて、全エネルギーが保存するように、経路上の各点における速さを調整する(t に対する依存性を調整する)ことで、新しい経路 \mathbf x(t)+\delta\mathbf x(t) が得られるものと予想されます。

つまり、Lagrangeが導いた最小作用の原理 (4) は、暗黙の前提としてエネルギー保存則を(本来の経路が必ず満たすべき)根本原理と見なした上で、「エネルギー保存則を満たすあらゆる経路の中で、運動エネルギーの積分が最小になるものが実際の経路として実現される」という事を主張していることになります。エネルギー保存則を根本原理とはせずに、「エネルギー保存則が満たされるべき」という暗黙の前提を取り払うためには、作用積分にポテンシャル項を加える必要があった、というのが現代的な最小作用の原理からの見方と言えるでしょう。

ちなみに、冒頭の書籍によると、Lagrange自身は、(1) を基礎方程式として議論を進めており、最小作用の原理はあくまで形式的に成り立つものと解釈していたようです。つまり、それまでは形而上学的に捉えられていた最小作用の原理に対して、あくまで、基礎方程式から得られる形式的な帰結であることを指摘する事が目的だという事です。実際、この後の議論では、(1) を用いて、我々のよく知るラグランジュ方程式を導いており、この(現代的な視点では)限定的な最小作用の原理によって、この後の議論に不都合が生じるということはなかったと考えるのが良さそうです。

ただ、そうなると、ラグランジアンを用いた現代的な最小作用の原理 (5) を最初に記したのはいったい誰なのか、という歴史上の疑問が湧き上がります。この点、何かご存知の方がいれば、教えていただけると幸いです。

おまけ

上記の(1)(4)から分かるように、Lagrange自身が記述した解析力学は、座標成分を用いた議論が中心であり、現代的なベクトルを用いた表記は見られません。一方、Newtonが発表した「プリンキピア・マセマティカ」は、冒頭の書籍で詳細に解説されているように、図形を用いた幾何学的な説明に終始しており、ここでもベクトルの概念は現れません。現代の力学の教科書では、\mathbf F  = m\mathbf a に代表される、ベクトルを用いた定式化が最初にあり、その後、ラグランジュ形式の解析力学において、ベクトルの概念を離れた一般化座標へと議論が展開され、束縛系を含んだ統一的な解法が得られます。しかしながら、実際の歴史の流れでは、Newtonの幾何学的な議論は、Lagrangeによって、いきなり、一般化座標を用いた解析的な定式化へと飛躍したことが分かります。Lagrangeの議論の出発点は、いわゆる運動方程式 \mathbf F  = m\mathbf a ではなく、束縛系を前提とした (1) の関係であることも興味深い点と言えます。

言い換えると、教科書的な \mathbf F  = m\mathbf a は、ラグランジュ形式の解析力学から、あとづけ的に「束縛条件の無い質点」という特殊な条件下で成り立つ関係式として得られるものと理解ができるのです。この歴史の流れを反転させて、現代的な教科書の説明を考えだしたのは、いったい誰なのか、ちょっと気になりますよね。