何の話かと言うと
・[quant-ph/0611001] Monogamy of Bell correlations and Tsirelson's bound
上記の論文で示されている下図の結果があまりにも美しくて感動したので、論文内の証明を追ってみたら、これが意外と手強くてあちこちハマったので、自分なりに証明を再構成したものをここに書き記す次第です。はい。
ちなみに上記の図は何を示しているかと言うと、下記のエントリーで示した「Bell の不等式を破る上限」を 3 つの量子ビットに拡張したものになります。
具体的には、3つの量子ビットで構成される状態 があり、各量子ビットが A、B、C に分配されているとします。この時、AB ペアー、AC ペアーのそれぞれで、Bell の不等式の実験を同時に行うと、次の定理が成り立ちます。
定理
3つの量子ビットで構成される状態 があり、各量子ビットは A、B、C に分配されている。
A、B、C は、それぞれ、事前に量子ビットを観測する方向を2種類決めておく。A が決めた2種類の観測演算子を とする。B、C についても同様。たとえば、パウリ演算子を用いて、
のようになる。(観測演算子の添字は、どの量子ビットに対する演算かを示す。)
次に、AB ペア、および、AC ペアの Bell 演算子をそれぞれ、次で定義する。
この時、任意の状態 、および、任意の観測演算子の選択に対して、次の不等式が成立する。
--- (※)
なお、冒頭の図では、量子論的に到達可能な境界が半径 の円形になっていますが、上記の定理は、円周上のすべての点が到達できることまでは主張していません。到達可能な点は、この円周内に限られることを言っています。実際に円周上のすべての点が到達可能であることは、後ほど別途示されます。
これから何が言えるのか
C の状態をトレースアウトした A と B の間で共有される量子ビットが、エンタングルした純粋状態、たとえば、
になったとします。この場合、Bell の不等式を最大限に破る、すなわち、 となる観測演算子を選択することができます。一方、この時、上記の定理より、
が成り立ちます。これは、C が観測演算子をどのように選択したとしても、A と C の観測結果は独立になる事を意味しており、B の状態をトレースアウトした、A と C の間で共有される量子ビットにはエンタングルメントが存在しないことを意味します。たとえば、このような状態が考えられます。
この場合、ABC 全体の状態は、
であったことになります。一般的に言うと、これは、 と が、同時に、エンタングルした純粋状態になることはできないことを意味します。このような性質は Monogamy 呼ばれています。
定理を導くための補題
これが意外と面倒なので、順を追ってゆっくりやっていきましょう。。。ここでは、先の定理よりもより強い条件として次の補題を証明します。
(i) において、最大値を達成する状態 は実数成分に取ることができる。
(ii) 任意の実数成分の状態 に対して、次の等式が成り立つ。
これらを組み合わせると、次のように定理が証明されます。
ここに、 は、実数成分で、 を実現する を表します。
なお、ここで、定理よりも強い内容の補題を示しているのは、円周上のすべての点に到達可能であることを示すために後で必要となるためです。
補題 (ii) の証明
3量子ビットの状態は、 と同型の3つのヒルベルト空間の直積 であり、各ヒルベルト空間の基底は独立に選択できる点に注意すると、A、B、C のそれぞれが観測する2つの方向は、一般性を失わずに、どちらも「XZ 平面上の方向」と仮定することができます。もう少し正確に言うと、 を単位ベクトル、 として、
--- (1)
となる基底を選択することができます。ここに、 は次のパウリ行列です。
ここで、観測演算子 と Bell 演算子 の関係を整理します。今、それぞれの観測演算子は (1) で与えられますが、2つの単位ベクトル は、2つの直行する単位ベクトル で次のように書き直すことができます。
これは、次の図の対応によるもので、 を自由に動かすと、 は固定したまま、角度 は、 の範囲で自由に選べる点に注意してください。つまり、 と は独立な自由度となります。
この時、Bell 演算子 は次のように書き直すことができます。
したがって、任意の状態 を固定して、
と置くと、
が成り立ちます。ここで、上記の最大値を実現する を実際に決めていきます。
まず、 は、単位ベクトル とベクトル の内積であることから、
--- (2)
が が満たすべき条件となり、これより、
が得られます。上記の表式より、 については、
が満たすべき条件で、これより、
が成り立ちます。 は直行する単位ベクトルなので、この最後の平方根内部の表式は、 の選択によらずに、 に一致します。したがって、次の結果が得られます。
--- (7)
そして、ここで、驚くべきことに、実数成分の任意の状態 に対して、次の恒等式が成り立ちます。
これ・・・、論文には「直接に計算すればわかるように」という定型句があるのですが、私には、とても計算できませんでした。。。。Mathematica で試行錯誤した結果、一般に、大きさ1とは限らない実数成分の状態ベクトルを として、次の関係が成り立つことが確認できました。
Mathematica による計算は次の通りです。
したがって、大きさ1に正規化された状態について、確かに前述の恒等式が成り立ちます。
この後の議論は、補題 (ii) の前提にしたがって、状態 は実数成分と仮定すると、結局のところ、 の最大値について、次が成り立ちます。
そして、これと同じ議論を AC ペアについても適用すると、次の結果が得られます。
さらにこれらを組み合わせると、次が得られます。
かなりゴールが近づいてきました。次のステップとして、上記の2つの を同時に達成する観測演算子の選択、つまり、 の選択ができることを示します。これにより、
が示されます。より正確にいうと、系 B の と系 C の は独立に選べますので、共通の を与えるような、系 B の 、および、系 C の が取れることを示します。
まず、直接計算でわかるように、 と は可換なエルミート行列なので、これらを同時に対角化する正規直交系が存在します。つまり、直交する単位ベクトル で、
となるものが存在します。さらに、次の計算からわかるように、、および、 は、どちらも直交系になります。
そして、先ほどの説明からわかるように、正規直交系 は任意にとることができました。そこで、
--- (3)
--- (4)
と取ると、(3) から、(2) によって決まる は、
となります。一方、(4) から、(2) によって決まる は、
したがって、いずれの場合も、 となることが結論づけられて、これで共通の が取れることが分かりました。
補題 (i) の証明
補題 (ii) の証明と同様に、 が の実数係数による線形結合となる基底で考えると、 は、実数成分のエルミート行列(すなわち、対称行列)となる。 今、
--- (5)
とする時、 平面において、これを達成する際の点 は、半径 の円周上にあります。この時、点 における円の接線を
とすると、点 は、
--- (6)
の最大値を実現する点に一致します。なぜなら、下図のように、点 においてのみ、上式の最大値が実現されるからです。
一方、演算子 は実数成分のエルミート演算子であることから、(6) を実現する状態 を実部と虚部に分解して、
と置いた時、
が成り立ちます。ここに、 であり、 は、 を大きさ 1 に正規化した実ベクトルです。これは、 は、 と の中間の値をとることを示しています。
しかしながら、今の場合、 は最大値を達しているという前提なので、実際には、どちらか大きい方に一致しており、、もしくは、 のどちらかが成り立ちます。つまり、 は実成分となります。
したがって、点 は実成分の状態によって実現可能であり、言い換えると、(5) の最大値を実現する状態は、実成分に取ることができます。