めもめも

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量子計算(量子回路)の考え方を理解するために最低限必要な量子力学の知識を(それなりに納得感のある形で)うまいこと導入する方法について考えてみた(その3)

何の話かというと

enakai00.hatenablog.com

の続編です。前回は、大きく次のことを説明しました。

・電子スピンの状態は、2次元の複素ベクトルで表される。

・x, y, z それぞれの方向のスピンの大きさを観測することができる。

・観測の結果によって状態が変化するため、2 種類の方向のスピンの大きさを同時に確定することはできない。(2 種類の方向に対して、どちらも確率1で特定の値を返す状態は存在しない。)

以上の結果を考えると、「電子に刺さった小さな棒磁石がくるくると色んな方向を向く」という古典的な描像では、電子スピンの実体を捉えるのは困難だとわかります。

とは言え、同時に確定することはできないとしても、それぞれの方向に対してスピンの大きさが \pm 1 に確定した状態は存在するので、これを次のような 3 次元空間の図にマッピングすることは可能です。

この時、上図に示した  {\mid 0\rangle},\ {\mid 1\rangle},\ {\mid 0_x\rangle},\ {\mid 1_x\rangle},\ {\mid 0_y\rangle},\ {\mid 1_y\rangle} 以外の一般の状態

  {\mid \psi\rangle} = c_0 {\mid 0\rangle} + c_1{\mid 1\rangle}

について、何らかのルールで、この球面上の1点にマッピングすることはできるでしょうか? 特に、{\mid 0_x\rangle},\ {\mid 1_x\rangle},\ {\mid 0_y\rangle},\ {\mid 1_y\rangle} については、

  \displaystyle {\mid 0_x\rangle} = \frac{1}{\sqrt{2}}\left( {\mid 0\rangle} + {\mid 1\rangle} \right)

などの関係があるので、これらについては、自然に上図の位置にマッピングされるようなルールが必要です。

で・・・、実はそんなうまい方法があるんですねぇ。これが。今回は、ブロッホ球とよばれる、このマッピンググールを説明します。

極座標表示

まず、話を簡単にするために、実数ベクトルの極座標表示について説明します。たとえば、(x,\,y) 平面上の点(より正確には実数ベクトル)(x_0,\,y_0) は、その大きさを r、y 軸とのなす角を \theta として、次のように表わすことができます。

  x_0 = r \sin\theta
  y_0=r\cos\theta

これが成り立つことは、次の図から明らかでしょう。

同様にして、 (x,\,y,\,z) 空間上の点  (x_0,\,y_0,\,z_0) であれば、次のようになります。

 z_0 = r \cos\theta
 x_0 = r \cos\phi\sin\theta
 y_0 = r \sin\phi\sin\theta

これは、まずはじめに、ベクトル  (x_0,\,y_0,\,z_0) を z 軸方向の成分 z_0 = r\cos\theta と xy 平面への正射影成分 r\sin\theta に分解して、さらに、xy 平面上の正射影成分を x 軸方向の成分 x_0=r \cos\phi\sin\theta と y 軸方向の成分 y_0 = r \sin\phi\sin\theta に分解したものになります。

そこで、この3次元空間における極座標表示を2次元の複素ベクトル

  {\mid \psi\rangle} = c_0 {\mid 0\rangle} + c_1{\mid 1\rangle}

に応用することにします。2次元の複素ベクトルというのは、実部と虚部をわけて考えると、4次元の実数ベクトルに対応させることができますが、ここでは、{\mid 0\rangle} の虚部は 0 であるという前提を取ります。

なぜそんな前提がとれるのかというと・・・・

実は、ある状態 {\mid \psi\rangle} と、それに大きさ1の任意の複素数を掛けた状態 e^{i\gamma}{\mid \psi\rangle} は、物理的には同一の状態に対応することが知られています。ここで用いた値 \gamma は、グローバルフェーズ(大域的位相)と呼ばれるもので、数学的にいうならば、量子力学における状態というのは、「ヒルベルト空間の大きさ1の元をグローバルフェーズのモジュロで同一視したもの」にあたります。

したがって、このグローバルフェーズの任意性を用いると、{\mid 0\rangle} の係数が実数になるように変換できることがわかります。(一般に {\mid 0\rangle} の係数が c_0 = |c_0|e^{i\delta} だとして、グローバルフェーズ e^{-i\delta} を掛ければOKですね。)

そこで、

 {\mid 0\rangle} の実部 ⇒ z
 {\mid 1\rangle} の実部 ⇒ x
 {\mid 1\rangle} の虚部 ⇒ y

という対応で考えると、状態 {\mid \psi\rangle} は、次のように極座標で表わすことができます。

 \displaystyle {\mid \psi\rangle} = \cos\frac{\theta}{2}{\mid 0\rangle} + (\cos\phi+i\sin\phi)\sin\frac{\theta}{2}{\mid 1\rangle}

   \displaystyle =  \cos\frac{\theta}{2}{\mid 0\rangle} + e^{i\phi}\sin\frac{\theta}{2}{\mid 1\rangle} --- (1)

ここで、最初の角度が \theta ではなくて \displaystyle\frac{\theta}{2} になっている点に気が付きますが、実は、これがブロッホ球のちょっとしたトリックなんですよね。。。一般の状態 \displaystyle {\mid \psi\rangle} に対して、上記の関係で決まる角度 \theta,\,\phi を用いて、下図の位置に \displaystyle {\mid \psi\rangle} に対応する点を取ると、ちょうど、前述の条件をうまいこと満たすマッピングになるのです。

ここは、図と数式を見比べて納得してもらうのがベストですが、ポイントとしては、{\mid 0\rangle}{\mid 1\rangle} は複素ベクトルとしては、直交する状態であり、異なる方向の軸にあたるものですが、ブロッホ球の上では、同一の軸(z 軸)上にマッピングされている点になります。また、(1) の意味としては、\theta\displaystyle {\mid \psi\rangle} の中に {\mid 0\rangle}{\mid 1\rangle} がどのぐらいの割合で含まれているか、を表しており、一方、\phi は、{\mid 0\rangle}{\mid 1\rangle} の係数の相対的な位相(複素平面上の角度の違い)に対応しています。

つまり、{\mid 0_x\rangle},\ {\mid 1_x\rangle},\ {\mid 0_y\rangle},\ {\mid 1_y\rangle} は、いずれも、{\mid 0\rangle}{\mid 1\rangle} を同じ割合で含んでおり、z 軸方向のスピンを観測すれば、いずれも、z_0=\pm 1 が等確率で得られるのですが、{\mid 0\rangle}{\mid 1\rangle} の相対的な位相の違いにより、x, y 方向については、異なる性質を持つ結果になっているのです。

先程、状態全体のグローバルフェーズは意味を持たない(グローバルフェーズだけが異なる状態は物理的に同等)という説明をしましたが、複数の状態の重ね合わせにおいては、それぞれの位相の相対的な違いが意味を持つことになるのです。

そう。

相対位相の違いが重要なんです。

実はこれが。

まぁ、その点は後ほどの話として、まずは、ブロッホ球を用いることで、量子化された不思議なスピンの状態を x, y, z 方向にくるくると向きを変える直感的なイメージと結びつけることが可能になります。前回、「量子ビットはアナログ量」という話をしましたが、まさに、ブロッホ球の上を連続的に変化するアナログ量であることがよくわかります。量子回路というのは、基本的には、このような量子ビットをブロッホ球の上でくるくる回転させる(それによって計算処理を行う)仕組みと考えておけば大丈夫です。

次回予告

・・・というような説明をすると、「それってアナログコンピューターと何が違うんだ」という疑問がきっとわいていることでしょう。。。。量子計算が真の能力を発揮するのは、複数の量子ビットを結合した場合なんですね。実はこれが。次回は、複数のスピンを組み合わせた「多体系の状態」を説明したいと思います。