何の話かというと
の続編です。まずは、前回のポイントをまとめると次の通りです。
・電子のスピンの状態は、2次元の複素ベクトルで表される。(ただしベクトルの大きさは 1 に限る。)
・z 軸方向のスピンを観測すると のどちらかが得られる。どちらが得られるかは確率的に決定される。
・ が確率 1 で観測される特別な状態 は、パウリ行列 の固有ベクトルとして決まっている。
・その他の一般の状態の場合、 が観測される確率は、固有ベクトルとの内積の大きさの2乗で計算される。
・観測結果が の場合、観測後の状態は に変化する。同じく、 の場合、観測後の状態は に変化する。
今回は、これと同じ考え方を x 軸方向と y 軸方向のスピンについて適用します。z 軸方向の場合、固有ベクトルの形が非常にシンプルになりましたが、x, y 方向の場合は、固有ベクトルの成分が少しだけ複雑になります。
パウリ行列
前回、「z 軸方向のスピンの大きさ」という物理量を表わす行列として、次のパウリ行列を紹介しました。
これと同様に、「x 軸方向のスピンの大きさ」、および、「y 軸方向のスピンの大きさ」を表わすパウリ行列も存在します。
「そもそも、こんなものがどっから出てきたんだ?」と思うかも知れませんが、まずは飲み込んでおきましょう。(ホントは、回転群 SU(2) の表現やらなんやら面白い話はあるんですが。。。。)
そして、前回と同じルールをあてはめると、x 軸方向のスピンの大きさ を観測した際に、確率 1 で となる特別な状態が、 の固有値 の固有ベクトルとして決まります。
少しばかり計算すると、 を見たす解として次が求まります。 が で、 が に対応します。
--- (1)
--- (2)
そして、前回と同様に、一般の状態
について、x 軸方向のスピンを観測した場合、 の値が得られる確率は、それぞれ、次で決まります。
ここまでは前回の議論とまったく同じで、「ふんふんなるほど」という感じだと思います。同様にして、y 軸方向のスピンの大きさ が に確定した状態は、 の固有値 の固有ベクトルとして次に決まります。
観測による状態変化と不確定性原理
x, y, z それぞれのスピンの値が確定した状態が決まった所で、量子力学の摩訶不思議な世界を覗いてみたいと思います。。。。
今、x 軸方向のスピンの値が に確定した状態、すなわち、x 軸方向のスピンを測定すると、確率 1 で が得られる状態 があります。この状態に対して、z 軸方向のスピンの大きさを測定すると、どのような値が得られるでしょうか?
今、みなさんの頭の中には、N 極が右を向いて、x 軸に乗っかった棒磁石が想像されているはずです。。。。。。
ということは、z 軸方向の値は。。。。。うーん。。。きっと 0。
ではないんですね。これが。
前回説明したように、z 軸方向のスピンを観測すると得られる値は、 に限られているのです。0 などという値が観測されることはありえないのです。そして、 が得られる確率は、これもまた前回説明したように、
で決まります。これらの確率は、今の場合、
で計算されることになります。先ほどの (1)(2)、および、前回求めた
を用いて計算すると、次の結果が得られます。
これより、 が等確率で得られることがわかります。
また、これも前回説明したように、z 方向のスピンを観測して、 が得られると、その後の状態は、、もしくは、 に強制的に変化させられます。もともとは、x 軸方向のスピンが確定した状態だったものが、z 軸方向のスピンを観測することにより、z 軸方向のスピンが確定した状態に強制的に変化させられるというわけです。したがって、この後、あらためて x 軸方向のスピンを観測しても、もはや、確定的な観測結果は得られません。たとえば、状態が に変化していた場合、 が観測される確率は、次で決まります。
そしてまた、この観測の直後、スピンの状態は、観測結果に応じて、、もしくは、 に変化するというわけです。
これは言い換えると、x 軸方向と z 軸方向のスピンを同時に確定することはできない、ということを意味します。これは、量子力学のいわゆる「不確定性原理」の一種となります。
この結果は、前回の最後に触れた「重ね合わせ」の観点から理解することもできます。x 軸方向のスピンが確定した (1)(2) の状態は、z 軸方向のスピンが確定した状態 を基底ベクトルとして次のように書き直すことができます。
--- (3)
--- (4)
この形式にしておけば、z 軸方向のスピンを観測した際の確率は、 のそれぞれに対する係数から決まることがすぐにわかります。
--- (5)
--- (6)
つまり、x 軸方向のスピンが確定した状態 は、(3)(4) のように、潜在的に z 軸方向のスピンが確定した状態を含んでおり、z 軸方向のスピンを観測することにより、この含まれた状態のどちらかが強制的に「取り出される」というわけです。
そしてまた同様に、z 軸方向のスピンが確定した状態 を x 軸方向のスピンが確定した状態 を基底ベクトルとして展開することもできます。
--- (7)
--- (8)
(3)(4) と (7)(8) を比較すると、なかなか美しい対称性が見えてきます。成分表示で見ていると、何やら z 軸方向が特別な方向にも思えますが、実際には、x, y, z のどの方向も対等な関係にあることがわかります。
なお、(5)(6) の計算をする際は、暗黙のうちに、 が正規直交基底になっているという事実を利用しましたが、同様に、 も正規直交基底であることがわかります。もともとこれらは、パウリ行列の固有ベクトルとして得られたものですが、パウリ行列はエルミート行列(転置して複素共役とると元に戻る行列で、対称行列の複素数版のようなもの)であり、エルミート行列の固有ベクトルは、正規直交基底になることが数学的に保証されています。
ひとりごと
量子計算の教科書とか入門編の講義だと、この記事と同様に、スピン系の状態を数ベクトルとして導入して、ブラケット記号は、縦ベクトルと横ベクトルを表わすラベルとして定義するんですよね。ただそれだと、どうしても z 軸方向が特別扱いされているように見えて、個人的にはすっきりしないんですよね。。。あくまで抽象的なヒルベルト空間の要素として、どの方向も対等なんだよ(成分表示は、基底を取り替えればいくらでも自由に変換できる、表面的な存在にすぎないんだよ)というあたりが伝えられるとうれしかったりもします。
次回予告
さて・・・・次回は何を説明すればいいのだろうか。。。あーー思い出した。ブロッホ球ですね。