めもめも

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HeskellのMonadを圏論のMonad/Kleisli Tripleと対比する

圏論の歩き方

圏論の歩き方

オフィスの机の上に新たな挑戦状(上記の本)が置いてあったので読んでみると、Kleisli tripleとMonadの関係が説明されていて、「そういえば、Kleisli tripleとMonadの同値性って、ちゃんと証明したことなかったなー」と思って書き始めたのがこのエントリーです。

いったい何の寝言を言ってるのかと思われそうですが・・・

HaskellのMonadを圏論の言葉に置き換えて理解する際に、圏論における「Kleisli triple」に対応させる方法と、圏論における「Monad」に対応させる方法があります。圏論の世界で「Kleisli triple」と「Monad」は互いに変換可能なので、どちらを用いても理論的には同じなのですが、HaskellのMonadを理解する際に、「Kleisli triple」として見る方法と「(圏論における)Monad」として見る方法を使い分けると便利なことがよくあります。というわけで、これらの関係を整理するのがこのエントリーの目標です。次の順番で解説を進めます。

(i) HaskellのMonadと圏論におけるKleisli tripleの関係
(ii) HaskellのMonadと圏論におけるMonadの関係
(iii) 圏論におけるMonadとKleisli tripleの同値性の証明

HaskellのMonadと圏論におけるKleisli tripleの関係

まず、HaskellのMonadはご存知の通り、次のMonad則を満たす演算として定義されます。

return :: A -> TA
f :: A -> B
g :: B -> C

return x >>= f == f x                       ―――(1)
m >>= return == m                           ―――(2)
(m >>= f) >>= g == m >>= (\x -> f x >>= g)  ―――(3)

ここで、圏論の記法に合わせるために、変数の型を大文字(A,B,C)、型コンストラクタをTと表記しています。

続いて、圏論におけるKleisli triple (T, η, #)は、次のように定義されます。これは、圏の種類によらずに定義できるのものですが、ここでは、Haskellとの対比を明確にするため、対象とする圏は、Haskellの変数型を「対象」、関数を「射」として定義されるものとします。

・対象Aに対して、別の対象TAを割り当てるルールTが決まっている。
・各対象Aについて、A -> TAの射 \eta_A が用意されている。(\eta_Aを集めた射の族をηと表記しています。)
・#は、射(A -> TB)を射(TA -> TB)に変換する写像の族である。
・ηと#は、次の法則を満たす。

 f^\#\circ\eta_A = f ―――(1')
 \eta_A^\# = id_{TA} ―――(2')
 g^\#\circ f^\# = (g^\#\circ f)^\# ―――(3')

ここで、# は、

f :: A -> TB

のお尻を上げて、

f# :: TA -> TB

に変換する演算であることに注意します。

この時、次の対応関係によって、HaskellのMonadとKleisli Tripleを関連付けることができます。

・return ⇔ η
・m >>= f ⇔  f^\#(m)

つまり、\eta_A : A \longrightarrow TAがreturn演算子に対応しており、Monadの合成演算は、「#でfのお尻を上げてから、mを代入する」操作に対応します。

ここで、(1)〜(3)のMonad則は、(1')〜(3')の法則に対応することが分かります。

まず、上記の対応関係で、(1)をKleisli Tripleの言葉に直すと次のようになります。これは、(1')とまったく同じものです。

(f^\#\circ\eta_A)(x) = f(x)

(2)は、次のようになります。これは、(2')と同じです。

\eta^\#(m) = m

最後の(3)は次になります。これは、(3')と同じになります。

(g^\# \circ f^\#)(m)=(g^\# \circ f)^\#(m)

このように、Kleisli Tripleの言葉に翻訳することにより、Monadの合成(>>=)を「お尻あげ演算子 #」を使って理解(議論)することが可能になります。

HaskellのMonadと圏論におけるMonadの関係

圏論におけるMonadは、関手と自然変換を使って定義されるので、ちょっと理解が大変です・・・。(HaskellのMonadと見た目がえらい異なります。)圏論におけるMonad (T, η, μ) は、次のように定義されます。

まず、Tは、対象とする圏の自己関手とします。また、idは、恒等関手とします。

次に、ηは、id -> T の自然変換、つまり任意の射 f (A->B) に対して、次の図式を可換にする射 \eta_A の族です。

\eta_B\circ f = Tf \circ \eta_A  ―――(4)

μは、T^2 -> T の自然変換、つまり任意の射 f (A->B) 対して、次の図式を可換にする射 \mu_A の族です。

\mu_B\circ T^2f = Tf \circ \mu_A  ―――(5)

ここで、ηは関手の皮を被せる演算であるのに対して、μは、関手の皮を一枚はがすような演算になっている事に注意します。次のようにスタックすると分かりやすくなります。

そしてさらに、これらの演算は、次の図式を可換します。

数式で表すと次のとおりです。

\mu_A \circ \eta_{TA} = id_{TA}  ―――(6)
\mu_A \circ T\eta_A = id_{TA}  ―――(7)
\mu_A\circ T\mu_A = \mu_A\circ \mu_{TA}  ―――(8)

これで、「圏論におけるMonad」の定義は終わりです。

そして、これは、次の対応関係でHaskellのMonadと関係づけることができます。

・return ⇔ η
・m >>= f ⇔ (\mu\circ Tf)(m)

Monadの合成において、Kleisli tripleの場合は、fのお尻を上げて対応したのに対して、こちらでは、関手Tで、fの頭とお尻の両方を持ち上げておいて、最後にμで、関手の皮を一枚はがしています。

これらが同じ関係を表すことは、この後で証明することにして、ここではひとまず、Monad則の対応を確認しておきます。

まず、(1)は、圏論のMonadで書き直すと次のようになります。

(\mu_{TB}\circ Tf)\circ\eta_A(x)=f(x)

これは、(4)と(6)を使って示すことができます。

(\mu_B\circ Tf)\circ\eta_A=\mu_B\circ(Tf\circ\eta_A)=\mu_B\circ(\eta_{TB}\circ f) (∵(4)でBをTBとした場合)
 =(\mu_B\circ\eta_{TB})\circ f=id_{TB}\circ f (∵(6)でAをBとした場合)
 =f

(2)は、次のようになります。これは、(7)と同じことです。

(\mu_A\circ T\eta_A)(m)=m

最後に(3)は、次のようになります。

(\mu_C\circ Tg)\circ(\mu_B\circ Tf) = \mu_C\circ T(\mu_c\circ Tg\circ f)

左辺:  右辺:

これは、(5)と(8)を使って示すことができます。

(\mu_C\circ Tg)\circ(\mu_B\circ Tf)=\mu_C\circ(Tg\circ\mu_B)\circ Tf=\mu_C\circ(\mu_{TC}\circ T^2g)\circ Tf (∵(5)でAをB、BとTC、fをgとした場合)
 =(\mu_C\circ\mu_{TC})\circ T^2g\circ Tf=(\mu_C\circ T\mu_C)\circ T^2g\circ Tf (∵(8)でAをCとした場合)
 = \mu_C\circ T(\mu_c\circ Tg\circ f) (∵Tは関手)

というわけで、(4)〜(8)のすべてを合わせると、Monad則と一致することがわかります。

圏論におけるMonadとKleisli tripleの同値性の証明

まず、(1')〜(3')を満たすKleisli triple (T, η, #) が与えられた際に、これから対応する圏論としてのMonadを構成します。

まず、射 f (A->B)に対して、Tによる射の変換を定義すると、Tは、自己関手になります。

Tf := (\eta_B\circ f)^\#  ―――(4')

自己関手であることの証明は次のとおりです。

f (A->B), g (B->C)に対して、

T(g\circ f)=(\eta_C\circ(g\circ f))^\#

Tg\circ Tf=(\eta_C\circ g)^\#\circ(\eta_B\circ f)^\# = ((\eta_C\circ g)^\#\circ \eta_B\circ f)^\# (∵(3'))
 =(\eta_C\circ g)\circ f)^\# (∵(1'))

したがって、T(g\circ f)=Tg\circ Tf

また、

T(id_A)=(\eta_A\circ id_A)^\#=\eta_A^\#=id_A (∵(2'))

したがって、Tは関手の条件を満たしています。

次に、射の族 μ を次式で定義します。

\mu_A=id_{TA}^\#  ―――(5')

(1')〜(5')の関係を用いると、Monadの条件(4)〜(8)をすべて示すことができます。


なお、(5')を見ると、TA->TA の恒等写像のお尻を上げることで、皮をはがす演算子 μ (T^2 A -> TA)が作られることが分かります。

今度は逆に、圏論としてのMonad (T, η, μ) が与えられた際に、これから対応するKleisli tripleを構成します。

まず、射 f (A->TB) に対して、お尻を上げる演算 # を次で定義します。

f^\# := \mu_B\circ Tf

この時、Monadの条件(4)〜(8)を用いると、Kleisli tripleの条件(1')〜(3')を示すことができます。こちらも単純計算なので、証明は省略します。

こちらの場合は、関手で頭とお尻を持ち上げた後に、μで頭を落とすことで、お尻を上げる演算 # が構成されていることが分かります。