Bell の不等式とは
次のような確率的なゲームを考えます。
4つの扉(Q, R, S, T)の後ろに、それぞれ、±1 の値がランダムにセットされる装置があります。プレイヤーは、Q と R のどちらか1つ、および、S と T のどちらか1つの扉を選んで開けます。この時、開けた扉の数字が一致したら +1 ポイント、一致しなかったら -1 ポイントです。ただし、Q と T の組で開けたときだけはルールが変わって、数字が一致したら -1 ポイント、一致しなかったら +1 ポイントになります。
この装置は、一定の確率分布 P(Q=±1, R=±1, S=±1, T=±1) で各扉に値がセットされるわけですが、ここで、この確率分布を調整して、できるだけプレイヤーにやさしい、つまり、プレイヤーが獲得するポイントがなるべく大きくなるようにした場合、獲得ポイントの期待値はどこまで大きくすることができるでしょうか? ここで、プレイヤーは、何の戦略もなく、いろいろな組み合わせで扉をランダムに開けるものと仮定します。
たとえば、すべての扉に確率1で+1をセットした場合は、
となるので、獲得ポイントの期待値は、
となります。(QT の組で開けた場合だけポイントが逆転する所が、この問題を面白くしているミソですね。)
実は、どのようにがんばって確率分布 P(Q,R,S,T) を調整しても、上記の期待値を 1/2 より大きくすることはできません。
(証明)
において、 と は、必ず、どちらかが 0 でどちらかが になります。したがって、
、つまり、
が成り立ちます。よって、
が成り立ちます。(証明終わり)
この最後の不等式、
が Bell の不等式と呼ばれるものです。
Bell の不等式が成立しない場合
Bell の不等式には、Q, R, S, T の値は(一定の確率分布で)事前にセットされるという前提があります。ここで、この装置にちょっとインチキをして、プレイヤーが Q と R のどちらを選択したかによって、こっそりと T にセットする値を変えてもよいことにすれば、Bell の不等式を破ることは容易です。たとえば極端な例として、Q, R, S には確率 1 で +1 をセットしておき、プレイヤーが Q を選んだ際は T には -1 を、R を選んだ際には T には +1 をセットするのです。こうすれば、プレイヤーは必ずポイント +1 を得ることができます。つまり、獲得ポイントの期待値は 1 になります。
もう少し一般的に言うと、事前に P(Q,R,S,T) が決まっているとした場合、ペア Q, T を選んだ場合の同時確率分布 P(Q, T) と、ペア R, T を選んだ場合の同時確率分布 P(R, T) は、それぞれ、P(Q, R, S, T) から決定されるため、これらを自由にいじることはできません。一方、P(Q, R, S, T) の存在を仮定せずに、Q を選んだ場合と R を選んだ場合で、確率分布 P(Q, T)、もしくは、P(R, T) を独立に決めてよいことにすれば、ベルの不等式を破ることができます。
上述の極端な例であれば、それぞれ、次のような確率分布を設定することになります。これらを同時に満たす分布 P(Q,R,S,T) が存在しないことは容易にわかります。
・Q を選んだ場合
Q | T | P(Q,T) |
---|---|---|
+1 | +1 | 0 |
+1 | -1 | 1 |
-1 | +1 | 0 |
-1 | -1 | 0 |
・R を選んだ場合
R | T | P(R,T) |
---|---|---|
+1 | +1 | 1 |
+1 | -1 | 0 |
-1 | +1 | 0 |
-1 | -1 | 0 |
量子力学における Bell の不等式
2個の粒子 A, B が事前にある状態にセットされています。アリスは、粒子 A について、Z 軸方向のスピン Q(Q=±1)、もしくは、 X 軸方向のスピン R(R=±1)を観測します。ボブは、粒子 B について、-(Z+X) 方向のスピン S (S=±1)、もしくは、(Z-X) 方向のスピン T(T=±1)を観測します。
これを前述の確率的なゲームとみなして、アリス・ボブペアーの獲得ポイントの期待値を計算します。仮に、Q, R, S, T が一定の確率分布 P(Q, R, S, T) に従うとすると、Bell の不等式が成立します。あるいは、アリスが Q と R のどちらを観測するかによって、同時分布 P(Q,T)、および、P(R,T) が独立に設定されるならば、Bell の不等式が成立しない可能性も出てきます。
そして、量子力学の世界では、実際に Bell の不等式が成立しないことがあり得ます。つまり、アリスが Q と R のどちらを観測したかによって、ボブの T に対する観測結果が(獲得ポイントが高くなるように)影響されるのです。
具体例として、粒子 AB を次の状態にセットしたとします。
ここで、 と は、それぞれ、Z=+1、Z=-1 の固有状態を表します。また、Q, R, S, T に対応する演算子は次で定義されます。
この時、アリスが Q を観測した後にボブが T を観測したとして、同時確率 P(Q, T) を計算すると次の結果が得られます。
Q | T | P(Q,T) |
---|---|---|
+1 | +1 | (1-p)/2 |
+1 | -1 | p/2 |
-1 | +1 | p/2 |
-1 | -1 | (1-p)/2 |
ここで、 であり、QT = -1 となる確率 p は、QT = +1 となる確率 1-p よりも高くなります。
同じく、アリスが R を観測した後にボブが T を観測したとして、同時確率 P(R, T) を計算すると次の結果が得られます。
R | T | P(R,T) |
---|---|---|
+1 | +1 | p/2 |
+1 | -1 | (1-p)/2 |
-1 | +1 | (1-p)/2 |
-1 | -1 | p/2 |
p の値は先ほどと同じで、RT = +1 となる確率 p は、RT = -1 となる確率 1-p よりも高くなります。
つまり、アリスが Q と R のどちらを選んだとしても、より有利にポイントが稼げるように、確率分布 P(Q,T) および P(R,T) が設定されており、これにより Bell の不等式が破られることになります。P(Q,T) と P(R,T) の具体的な計算は次の通りです。
また、この場合、QT と RT の期待値は次になります。
同様にして、その他の同時確率も計算すると、次の結果が得られます。
これらより、
であり、確かに Bell の不等式が破られています。